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御城印ができました!

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銚子市においてマンホールカードや御朱印なども人気を集めておりますが、ついに「御城印」もできました。中世や近世の歴史に深く関わる城郭、城館の「中島城」「飯沼陣屋」の御城印です。
御城印のデザインは、歴史・山城ナビゲーターの『歴×トキ代表「山城ガールむつみ』氏が手掛けてくださり、とても素敵な御城印が完成いたしました。ぜひ、銚子の魅力がさらに深まる御城印をコレクションして頂きたいです。

中島城の御城印

中島城印523×546

海上氏は「鶴の丸」を紋としていました。平安時代末期に、源頼朝から海上常幹が鶴亀のついた扇を下賜されて以来、海上氏の紋として「鶴の丸」が使用されていたといいます。千葉胤富の印判として有名な「鶴丸型黒印」は、当初、海上氏を継いだ胤富が海上氏の「鶴の丸」に基づいて作成したものと考えられています。御城印は胤富の鶴丸の印判と、千葉一族の家紋「九曜」をモチーフにしました。
中島城は香取の海に面する水運の重要地であり、周辺には津が点在していました。御城印には、野尻や高田といった中島城と関連する湊集落がわかる地図をデザインしました。これらの湊を拠点に活動する戦国期の流通承認の存在も確認されていて、その代表格が「宮内清右衛門」であり、城下には「みやせい」という地名も残ります。水運を介した流通商人も中島城と共に海上氏発展の一因を担っていたのです。

※中島城の遺構は民有地内にあるものが多いので、民有地には立ち入らないようお願いいたします。また、見学の際は近隣の住民の方々のご迷惑とならないよう、十分な配慮をお願いいたします。

飯沼陣屋の御城印

飯沼陣屋614×640

高崎藩は約150年間にわたり、銚子を統治しました。郡奉行1人、代官2名を銚子に派遣し、領内の年貢の徴収や治安維持にあたらせました。御城印は、弘化4年(1847年)に描かれた『高崎藩銚子陣屋地図』をモチーフにしました。陣屋の屋敷の配置や、陣屋を囲む水堀などが描かれ、当時の姿を今に伝えています。
また、江戸時代になると利根川水運が江戸に通じるようになり、銚子は江戸時代への中継港となりました。そのため、東北諸藩の船や日本海から江戸に向かう北前船も銚子に寄港し、銚子の町は発展しました。その船と渡辺崋山が描いた銚子の町をモチーフにしました。

崋山は文政8年(1825年)に武蔵、下総、上総めぐりの旅に出ました。その時、崋山が描いた『四州真景図巻』が残っていて、銚子の海や町も描かれています。「新町大手、奉行屋敷」と書かれた絵は、陣屋周辺を描いていたものと思われていて、酒屋の土蔵や、陣屋の門、高礼などが描かれ、銚子の活気を感じることができます。

【販売について】

販売開始日:2021年8月28日(土)

価格:各1枚300円(税込) 二軸延伸ポリプロピレン袋入、説明文付

千葉県銚子市西芝町1番地(JR銚子構内)
8:45~17:00/年中無休
☎0479-22-1544

 

※2021年9月10日現在の情報です。

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