秋めいて来ましたね♪
文学碑巡りは銚子観光の中でも隠れた人気を誇っています。市内には、様々な分野で活躍した偉人が愛した街「銚子」にまつわる文学碑が点在しています。
銚子電鉄に乗って、市内の文学碑を見て回ったり、観光のコースに「文学碑巡り」をプラスしてみてはいかがでしょうか。半日程あれば全ての文学碑を巡る事ができますし、エリアを絞れば1時間弱で見てまわれます。
また、多くの文学碑は海岸近くにあるので、風を感じながら海辺を散歩し、詩情に浸ってみるのも良いですね。
解説は参考までに記載させていただきました。どのような詩なのか、自分なりに解釈してみてはいかがでしょうか?
一茶は、文化14年(1817年)の5月27日に、生涯でただ一度銚子に足を踏み入れています。廻船問屋を営んでいた大里桂丸や五味李峰氏を訪ねて来たもので、28・29日には圓福寺や千人塚を参詣し、6月1日に浄国寺の望西台をおまいりし、この句を詠んだものです。
平成17年鷗俳句会の発足15周年を記念して、句碑が建立されました。
此臺乃清風
堂ゝち二心涼しく
西方仏土もかく
阿らんと
本とゝきす
爰をさること
遠からず
一茶坊花押
この望西台に清風が立って心涼しく、西方浄土もこのような所であろうかとしみじみとした気持ちにさせられる。「ほととぎすが鳴いているけれどもここを去らなければならない。もっとここにいたい。」
千葉県銚子市春日町23(浄国寺内)
JR「銚子駅」から徒歩約6分
駐車場:有
つるべ落としの秋の陽が西に傾く頃、ふと見上げた大木の枝に葉が一枚もなく、一羽のからすがとまっているのがなんともいえず淋しいものです。広い浄国寺境内の秋の夕暮れには、今でもこうした情景に出会えそうです。
枯れ枝に
からすのとまりけり
秋の暮
つるべ落しの秋の陽が西山に傾く頃、ふと見上げた大木の枝に葉が1枚もなく、1羽のカラスがとまっているのがなんともいえず淋しい。
千葉県銚子市春日町23(浄国寺内)
JR「銚子駅」から徒歩約5分
駐車場:有
俳句に趣味をもつ江戸の豪商(埼玉県入間郡越生町出身の鈴木金兵衛といわれている)が銚子で詠んだ句で、今日では銚子を代表する句になっています。同碑には古帳女(妻)の「行き戻り 瓢を冷す清水哉」の句も刻まれています。
ほととぎす
銚子は国の
とっぱずれ
ほととぎすが鳴いている。銚子はまさに都の江戸から離れているんだなあ。
千葉県銚子市馬場町293-1(圓福寺内)
銚子電鉄「観音駅」から徒歩約5分
駐車場:有
明治文壇に不朽の足跡を残した国木田独歩をしのんで、海鹿島の松林の一角に自然石の詩碑がある。碑文は、詩人日夏耿之介の筆によるもので、『山林に自由存す』の一節が刻まれている。
なつかしき
わが故郷は何処ぞや
彼処にわれは
山林の児なりき
懐かしい私の故郷はどこにあるのか。ここでは私は山林を愛する自由の児であったことよ。
千葉県銚子市海鹿島町5350-4
銚子電鉄「海鹿島駅」から徒歩約7分
駐車場:無
明治末期から大正にかけて活躍した叙情画家であり詩人の竹久夢二が、海鹿島海岸にひっそりと咲き乱れる宵待草によせて、わが身の悲恋をうたったものです。
この詩の一節と肖像を刻んだ文学碑が作詩の地である海鹿島高台に昭和46年に建立されました。
宵待草
まてど暮らせど来ぬ人を
宵待草のやるせなさ
今宵は 月も出ぬさうな
待っても待っても来ない人を待つ身は、宵待草のようにさびしく辛い。今宵は月も出ないようだ。
千葉県銚子市海鹿島町5240
銚子電鉄「海鹿島駅」から徒歩約10分
駐車場:無
小川芋銭(おがわうせん)は特異な画風をもって知られ、ことに洒脱な俳画は広く愛好されていました。
昭和13年、71歳で死去しましたが、晩年は毎年のように海鹿島の別荘を借りて住み、この人ほど銚子を愛した画人はなく、碑文の句は、昭和8年12月23日、皇太子(現上皇)誕生の喜びを読んだものです。
大海を
飛びいづる如と
初日の出
雲一つない水平線から初日の出が飛び出すようだ。
千葉県銚子市海鹿島町5261
銚子電鉄「海鹿島駅」から徒歩約10分
駐車場:無
備考:岩の壁面に建てられております。ご覧頂く場合は、海鹿島海岸からご覧ください。
政界の重鎮であった尾崎咢堂(おざきがくどう)は、銚子へ何回か訪れました。碑文の歌は、銚子の東のはずれにあり、向こう岸はアメリカで、アメリカに一番近いことを詠ったものでしょう。
朝またき 彼方の岸は
アメリカと 聞きて爪立つ
おはしまのはし
まだ夜が明けきらないのに、対岸はアメリカだと聞いたので、ベランダの手すりの端に爪先立って眺めている。
千葉県銚子市海鹿島町5261
銚子電鉄「海鹿島駅」から徒歩約10分
駐車場:無
尾張真之助【号:穂草(すいそう)】の古希を記念して、郷里である銚子市の犬吠埼に歌碑が建てられ、昭和36年11月12日除幕式が行われました。氏は、講談社顧問のほか日本出版クラブ常任理事、日本書籍出版協会相談役などの要職を兼ねていました。碑の歌は処女歌集「白砂集」(大正4年刊)中の一首で22歳のときの作品です。
わかれても 故郷の海の
あゐいろが 目にあり秋よ
さびしくあるかな
銚子を去って、故郷の海の藍色が忘れられない。秋は故郷のことを思い出すなあ。
千葉県銚子市犬吠埼
銚子電鉄「犬吠駅」から徒歩約10分
駐車場:無
明治44年与謝野門下一同と来銚、同年雑誌「スバル」にこの「犬吠岬旅情のうた」を発表しています。当時は文学を愛好する人の間に有名で、よく口ずさまれていました。
犬吠岬旅情のうた
ここに来て
をみなにならひ
名も知らぬ草花をつむ
みづからの影踏むわれは
仰がねば
燈台の高きを知らず
波のうねうね
ふる里のそれには如かず
ただ思ふ
荒磯に生ひて松のいろ
錆びて黝きを
わが心
錆びて黝きを
ここに来て女性をまねて名も知らない草花を摘む。自らの影を踏んでいる私には、燈台の高いのも分からない。仰ぎ見ないので、燈台の高いのも知らない。波のうねうねは故郷のそれには及ばない。ただ思う、荒磯に生えている松の色は錆びて黒いようにみえる。私の心も錆びているように黒く見える。
千葉県銚子市犬吠埼
銚子電鉄「犬吠駅」から徒歩約10分
駐車場:無
備考:足元が悪いのでご注意ください。
昭和14年4月、高浜虚子(たかはまきょし)が日本探勝会の吟行で来泊したときの句で、碑は昭和27年7月、銚子ほととぎす会が建立しました。
犬吠の
今宵の朧
待つとせん
犬吠の今日のおぼろ月夜を眺めたいものだ。
千葉県銚子市犬吠埼
銚子電鉄「犬吠駅」から徒歩約8分
駐車場:無
※掲載内容は、2021年8月31日現在のものです。
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