義経伝説 in 銚子

銚子には、悲劇の英雄源義経にまつわる数々の伝説が言い伝えられています。それらの伝説ゆかりのスポットを訪ね、壮大な日本の歴史に思いを馳せてみるのはいかがでしょう。

  ■ 義経伝説とは?
千騎ヶ岩

源義経(幼名・牛若丸)は、鎌倉幕府を開いた源頼朝の弟で壇ノ浦の戦いに代表される数々の源平の合戦で大活躍をした武将です。その義経が、兄、頼朝に疎まれ、奥州藤原氏を頼って平泉に逃れる途中に立ち寄ったとして、全国各地にさまざまな義経伝説が伝えられています。銚子も例外ではなく、義経にまつわる数々の伝説が、銚子の海岸に残されています。


  ■ 犬岩(犬若海岸)
犬岩
源義経は奥州平泉への逃避行の際、若丸という名の犬を連れていました。一行が銚子滞在中、その若丸が平家の亡霊にとりつかれてしまいこれ以上一緒に旅を続けることが出来なくなってしまったため、義経は泣く泣く愛犬を残して銚子を発っていきました。海岸に残された若丸は主人を慕って泣き続け、そのまま岩になってしまったそうです。それが「犬岩」です。「犬若(いぬわか)」の地名も、置き去りにされた犬の名前が「若丸」だったことに由来するといわれています。また、灯台で有名な「犬吠埼」の地名も、若丸の泣き声が聞こえてきたことから付いたのだという言い伝えがあります。

  ■ 千騎ケ岩・その他の伝説スポット
宝満島

義経が、兄、源頼朝の差し向けた追っ手から千騎の兵を隠したといわれるのが「千騎ケ岩」と呼ばれる大きな岩です。この千騎ケ岩は、江戸時代の浮世絵画家、初代広重の「下総銚子の浜外浦」にも描かれています。
犬吠埼灯台のふもとに「馬糞池」とよばれる、岩の間の大きな水溜りのような場所がありますが、義経一行がこの場所に馬をつないでおいたことからこの名が付いたといわれています。
長崎海岸にも、義経伝説の一つ「宝満島」があります。大ホーマンと小ホーマンの2つの島から成りますが、人間が仰向けに横たわっているような形をしています。九郎判官義経(くろうはんがんよしつね)がなまって「ほうまん」になったといわれています。


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