銚子に息づく伝統の味・醤油

 むらさき香る街・銚子には、4世紀にわたって続く伝統の味・醤油があります。
皆様もご存知の通り、醤油は日本の食卓には欠かせないものですが、soy sauce(ソイソース)として世界100ヶ国以上に輸出され、外国でも定番の調味料になっています。
 そんな身近な銚子の醤油を、特集していきましょう。

銚子と醤油
  銚子は醤油造りに最適の地です!  昔、醤油は上方からの"下り物"(現在でいう銘柄)が主流でしたが、政治・経済の中心が江戸に移り、江戸の人口が増加するにつれ、関東の醤油が台頭していきました。
 また、 江戸での需要の増大とともに江戸川、利根川などの水運の便に恵まれた銚子は醤油のまちとして繁栄していきました。
 銚子は、利根川を境に茨城県に接し、四方を海と川に囲まれています。 半島の東方沿岸沿いに黒潮が流れているため、温暖な海洋性気候で湿度が高く麹菌や微生物の働きが活発で、おいしい醤油を造るには最適の地です。

ヤマサとヒゲタ
  ヤマサ醤油 外観
ヤマサ醤油
   創業1645年(正保2年)。江戸時代末期には、幕府から品質の高さが認められ、「最上醤油」の称号が与えられました。アメリカのオレゴン州にも工場を完成させ、食品メーカー・医薬品メーカーとしてグローバルな展開を見せています。
【リンク】・・・ヤマサ醤油株式会社
ヒゲタ醤油 外観
ヒゲタ醤油
   1616年(元和2年)に田中玄蕃が創業。以来、4世紀にわたり「最高品質の追求」と「本物の追及」を基本理念に醤油造りに歩んできましたが、さらに21世紀に向けて、醤油・調味料事業だけでなく、食品事業、バイオ事業にも力を入れています。
 巨大フレスコ画のある醤油蔵として、工場見学も歓迎しています。
【リンク】・・・ヒゲタ醤油株式会社

ヤマサ・ヒゲタのロゴマークの秘密
   ヤマサ醤油、ヒゲタ醤油。この2つのロゴマークには共通点があります。 ロゴマークの上部に『上』の文字があるのを、ご存知でしょうか?
 江戸時代末期のインフレのなか、多くの商品が物価統制により値下げを余儀なくされました。しかし、関東の醤油7銘柄は、幕府から「値下げ無用」として「最上醤油」のお墨付きをもらいました。やがて、銚子のヤマサ・ヒゲタ・野田のキッコーマンなどは、「上方の極上醤油何するものぞ」を合言葉に全国制覇に乗りだしていくのです。
以来、ロゴマークに『上』の文字が入り、関東っ子自慢の醤油になりました。

醤(ひしお)ってなに?
  銚子山十商店外観
 醤(ひしお)は、醤油の原形ともいうべきもので、約2000年前の弥生時代から古墳時代に作られた塩漬け発酵食品です。
 日本に醤が伝わったのは奈良時代と言われ、その後独自の発達を遂げ、平安時代になると、醤は広く一般に普及して、生活必需品となるまでにいたり、いろいろな醤が存在しました。
醤は、動物性の魚醤(うおびしお)・肉醤(ししびしお)、植物性の草醤(くさびしお)・穀醤(こくびしお)の4つに大別され、魚醤は秋田のしょっつる、アジアのニョクマム、ナンプラ―へと発展し、肉醤は塩辛類(魚や鳥獣など)、草醤は漬物へ、穀醤は醤油、味噌、納豆などへ変化を遂げていき、今では私たちの暮らしに欠かせないものになっています。
   また銚子にある銚子山十商店では、江戸の昔から380年に渡り造りつづけられてきた『ひ志お』を製造販売しています。
山十商店の『ひ志お』は、有名料理店の料理に取り入れられたり、さまざまなメディアで紹介され続ける逸品で、おみやげにもオススメです。
  【リンク】・・・銚子山十商店

醤油だけじゃない!?
   醤油メーカーが造るのは醤油だけではありません。長年にわたる醤油づくりの中で培われた技術・ノウハウを応用し、医薬品・バイオなどの新しい分野にも進出しています。

ヤマサ醤油
   ヤマサ醤油株式会社は、核酸を分解してうま味成分を作る技術を応用し、医薬品開発に意欲的な取り組みを行ってます。
ヤマサ醤油のこういった技術は、医薬品の原料や、病気を診断する診断薬など様々な分野で利用されています。
【リンク】・・・ヤマサ醤油(株)医薬化成品、診断薬
ヒゲタ醤油 
   ヒゲタ醤油株式会社のバイオ事業部門が"プロテイン・エキスプレス"として独立・分離し、醤油醸造によって培われたバイオ技術を応用して各種有用タンパク質の製造(動物医薬など)に成功しています。
また「ゲノム創薬」開発にも積極的に取り組んでます。
【リンク】・・・プロテイン・エクスプレス


>> 前のページへ戻る   >> トップページ

Copyright (C) 2001-, Choshi Tourist Association All Rights Reserved.