『 商都として栄えた銚子 』 |
| 銚子には、房総沖や鹿島灘沖に集まる「鰯」を追って紀州から多くの人が移り住んでいました。また、江戸時代には利根川の水路に恵まれ、商都として栄えてきました。 |
| 【利根川】 | |
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江戸時代の初めまで、利根川は東京湾へと流れていました。 それまでは東北から江戸への物資の運搬には房総半島を迂回していましたが、利根川が出来てからは迂回する必要が無くなり、利根川は江戸と東北とを結ぶ物流路となりました。 川口町にある「千人塚」から利根川を見下ろすと、漁船の帰港風景や水揚げされたばかりの魚を積んだトラックを見ることができ、ここが「漁業の町」だということを改めて実感します。 |
| 【醤油工場のレンガ蔵】 | ||
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銚子では、ヤマサ醤油創業者の初代濱口儀兵衛が紀州から銚子に渡り、正保2年(1645年)以降、3世紀半12代に渡り品質の高い醤油を今も作り続けています。 ヤマサ醤油本社西側には大正時代に造られたレンガ蔵があり、このレンガ蔵は歴史的にもたいへん貴重で、その重厚な佇まいは過ぎ去った時間を垣間見る事が出来ます。 ■
関連リンク |
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| 【千人塚】 | ||
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![]() ▲千人塚 |
利根川水運の隆盛を背景に、漁業と醤油の醸造業が飛躍的にのびた銚子では、慶長19年(1614年)10月25日に悲劇的な事故が起きてしまいました。
銚子港に大津波が襲来し、鹿島灘に出漁していた漁船が多数遭難するという悲しい出来事がありました。 千人塚の上には、昭和35年(1960年)に「海難漁民慰霊塔」が建立され、周辺には句碑や石碑が立っています。 ■詳細ページ ・ 千人塚 |
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| 【飯沼観音】 | ||
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銚子漁港に程近い場所に位置する飯沼観音は、地元銚子では「観音様」の名前で親しまれています。 毎月18日に飯沼観音で開かれる「ご縁日」は、野菜、焼きだんご、爆弾あられ等が販売され、多くの参拝者や観光客で賑わいを見せます。最近では「にぎわい縁日」と題された、商品券が当たる宝くじ抽選会も催されていて、なお活気があります。
飯沼観音より少し離れた場所にある本坊(真言宗円福寺)では、平安時代初期に作られた「鋳銅鐃(ちゅうどうにょう)」(国指定重要文化財)1462年銘の「梵鐘(ぼんしょう)」、ほかに「釈迦涅槃図(しゃかねはんず)」(ともに県指定有形文化財)があります。 ■関連リンク |
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※参考文献 |
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