郷土人インタビュー

20年の時の流れには、それぞれの想いがあります。
「一口に20年に一度」と言っても、誕生した子は二十歳になります。20年の月日は町も人も景観もすべて色を変えてしまうほど長い年月です。
そんな20年に一度の祭りが、今年で54回を数えることに驚き、そして喜び、懐かしさに浸るのは外川在住の田村精一さん。大神幸祭に熱い思いを寄せるおひとりです。
そこで、これまでに大神幸祭を5回も見てこられたという田村さんに大神幸祭についてお話をうかがってきました。銚子弁を混じえての楽しいインタビューでした。

■ 田村精一氏 ■
銚子市外川在住
郷土史家、外川ミニ郷土資料館スタッフとしてご活躍中
平成2年の第53回大神幸祭では、外川関所の役人を務められました。

(左)第53回大神幸祭 外川にて

田村精一さんへのインタビュー
Q これまでの「銚子大神幸祭」の思い出を教えてください。
A 第50回 −2歳の時−
親父さんに連れられて見に行った。でも、おぼえでっがよ〜。(覚えているわけないだろう)

第51回 −22歳の時−
女房の成江(まさえ)と結婚して間もない頃で、甥っ子をおぶって小川関所で芸能を見て楽しんだ。人でごった返してたなあ・・・(大混雑していたなあ)

第52回 −42歳の時−
釣り船屋を始めて忙しい頃だったが、ちゃーんと見に行ったよ。外川関所は50000人近くも人が出て身動きとれねえくらいにぎやかでよお。芸能も面白いのがいっぺい(いっぱい)あって笑っちゃーど。
(大神幸祭のハイライトは、外川漁港で行われる「お浜降り」と「お潮くみ」の祭典ですから、外川は、やっぱり一番の人出なのですね。)

第53回 -62歳の時-
外川関所では、飾りや舞台が全部吹っ飛ぶほどおおしけで、見物客もわ〜か(少し)しかいなかったわ・・・。かわいそうによお。芸能の人らあは着てるもんもわらわら(乱れてしまった様子)になってよ。
Q これからの「銚子大神幸祭」に思うことはありますか?
A もともとは海の神様の怒りを鎮めて大漁を願うための祭りだったきっど(だったけれど)、今では大漁豊作に感謝する祭りとして続いているのは、ありがてえこったーよ(ありがたいことです)。神様が守ってくれるわけだがら、こうゆう祭りはず〜っと続いでってくんねえど。(続いていってくれないと)
102歳の時に拝めれば7回も見だことになんのが・・・。その頃まで生きでいっかな・・・。

インタビューの後、田村さんから、20年前(平成2年)の第53回大神幸祭を見に外川に来ていた女性が、祭りの翌年、何の縁もない外川に嫁いで来たというお話を聞きました。これも大神幸祭が取り持つ良縁なのかもしれません。時代とともに、人々の見方や感じ方が少しずつ違っても、大神幸祭はこれからの銚子を担っていく次の世代へも受け継がれ、20年に一度、ずっと続いていくことでしょう。

このページのTOPへ ▲

リアルタイム情報配信