美加保丸遭難の碑
(みかほまるそうなんのひ)
1868年8月26日榎本武揚
(えのもとたけあき)
率いる幕府の艦隊8隻が江戸を逃れ、函館に向かう途中、暴風雨にあい、そのうちの1隻である美加保丸が黒生沖で座礁、沈没し乗組員13名が死亡、その後1882年9月地元有志によって黒生海岸(一山いけす前)に遭難碑が建てられた。
地元の人々は、この遭難碑を「脱走塚」と呼ぶ。
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